ラージャヨガ

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「ヨーガ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2013年4月14日 (日) 17:25 UTC、
URL:http://ja.wikipedia.org

ラージャヨガ
「ラージャ」は「王の」という意味であり、神を悟るための本格的なヨーガといえる。
「マハー(偉大な)・ヨーガ」とも呼ばれる。根本教典はパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』(紀元後2-4世紀)。
第2章にはラージャ・ヨーガの段階について記述されており
{1.ヤマ(禁戒)2.ニヤマ(勧戒)3.アーサナ(座法)4.プラーナーヤーマ(調気)5.プラティヤーハーラ(制感)6.ダーラナー(凝念)7.ディヤーナ(静慮)8.サマーディ(三昧)}、
その第2段階(ニヤマ)のうち、苦行、読誦、自在神への祈念の3つをクリヤー・ヨーガという。
ここでのクリヤーは浄化の意味ではなく、準備段階という意味。

これら8つの段階からなることから、ラージャ・ヨーガをアシュターンガ・ヨーガ(アシュタ:8つ アンガ:枝、部門)とも言う。
今日アシュターンガ・ヨーガ=アーサナと受け取られているが、誤りである。




「ラージャ・ヨーガ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2013年4月14日 (日) 19:53 UTC、
URL:http://ja.wikipedia.org

ラージャ・ヨーガ
ラージャヨーガ(「王のヨーガ」の意)は、瞑想(ディヤーナ)によって心を涵養し、真実在への理解を深めて最終的に解脱を達成することを目指すヨーガの体系である。
古典ヨーガ、アシュターンガ・ヨーガ(八支ヨーガ)ともいう。
ラージャヨーガはパタンジャリの『ヨーガスートラ』が初めて述べたところのものであり、サーンキヤ学派と密接に関連する。
ヒンドゥー哲学の文脈において、ラージャヨーガはヨーガ学派と呼ばれる。ヨーガ学派はヒンドゥー哲学の六派のひとつである。

呼称
ラージャヨーガは、16世紀[2]の『ハタヨーガプラディーピカー』において、行者スヴァートマーラーマが解説した当時の比較的新しい流派であるハタヨーガから、パタンジャリの『ヨーガスートラ』に基づく流派を区別するために導入された、ひとつのレトロニム(新たなものの出現の際に旧来のものを表すために造られる新語)である。
また、ヒンドゥー教の新宗教運動であるブラフマ・クマリスでは、そのまったく独自の瞑想実践をラージャヨーガと呼んでいる。
ラージャヨーガという語の文献上の初出は『ハタヨーガプラディーピカー』であるが、作家でヨーガ研究家の伊藤武は、同書のいうラージャヨーガは20世紀に広まったヨーガの分類でのラージャヨーガとは意味が異なるとする。
『ハタヨーガプラディーピカー』やそれ以降のハタヨーガやタントラ系の古文献でのラージャヨーガは、ハタヨーガの最終段階であるラヤヨーガ(クンダリニーヨーガ)のことを指していたり、ハタヨーガの奥義といった意味で使われている、と伊藤は指摘する。
一方、近代にはヴィヴェーカーナンダがヨーガにラージャという言葉を冠して、ヴェーダーンタ哲学に立脚し『バガヴァッド・ギーター』と『ヨーガスートラ』の二大聖典に依拠した総括的なヨーガの理念を謳い上げ、カルマ、バクティ、ジュニャーナ、ハタという四大ヨーガを概説した。
伊藤によれば、今日のラージャヨーガの一般的な意味は、元はヴィヴェーカーナンダの用いた総括的なヨーガの美称であったラージャヨーガが、前述の四大ヨーガとは別のヨーガの王道であると解釈されて広まったものであるという。

ラージャヨーガはアシュターンガ・ヨーガ(8支分からなるヨーガ、8階梯のヨーガ)と呼ばれることもある。
これは、行わなければらない8つの位相があるためである。
これをパッタビ・ジョイスのアシュターンガ・ヴィンヤーサ・ヨーガと混同してはならない。

パタンジャリは、第2章の冒頭で「苦行、読誦、自在神祈念の三つを行事ヨーガという」と述べているように、そのヨーガ体系のうち日常の行事として行うヨーガを「クリヤーヨーガ」(行事ヨーガ)と呼んだ。

思想
ラージャヨーガは、何よりもまず心に係わるものであるがゆえに、そう呼称される。
伝統的には心とは、(自覚的にせよ無自覚的にせよ)心の命令を遂行する心身複合機構であるところの人間存在の「王」であると考えられている。
その心と身体の関係のゆえに、身体はまず、自己規律訓練によって馴致され、さまざまな手段によって浄化されなければならない(ハタヨーガ参照)。
人間はもろもろの中毒や妄念を抱えており、これらは静かに坐すること(瞑想)を妨げる。
禁戒(ヤマ)、たとえば禁欲、禁酒、自分の身体・言語・意識(身口意)の行いに念を入れること、といったことを通じて、人間の生存状態は瞑想を行うに適したものとなる。
この、自分を自分自身に繋ぎとめる軛(くびき)こそが、ヨーガという言葉のもうひとつの意味である。
パタンジャリの『ヨーガスートラ』は、「ヨーガとは心の作用を止滅させることである」という言明で始まる。
それから、いかにして心が錯誤的観念作用をなすかについて列挙し、さまざまな実的対象へ念想することを推奨する。
この過程は、一切の心の対象がなくなる「無種子」という、自然発生的な静寂の心の境地へと到達するとされる。
この境地に入る力を養うための実習がラージャヨーガの実践であると考えることができる。
したがってラージャヨーガはヨーガの他の諸形態を包含し、かつ、心が偽りの心的対象を生み出すような妄執的実習へ没入してしまわないようにすることをもって他のヨーガの諸形態とは一線を画している。
この意味においてラージャヨーガは「ヨーガの中の王」と呼ばれる。
あらゆるヨーガ的実践は無種子の境地を得るための可能性のあるツールであると捉えられ、それ自体はカルマを浄化し解脱すなわち涅槃を得るという探求の出発点であると考えられる。
歴史上、「ラージャ」(王)を自称するヨーガの諸流派は、学び手にヨーガの実践と(望むべくは、もしくは理想的には)この哲学的観点との混合物を提示する。



※ 以下はYOGA ROOM(ヨガルーム)さんからの引用
ラージャヨガとは - ヨガ&ピラティス教室・スタジオ検索はYOGA ROOM(ヨガルーム)
ヨガの本質がわかる瞑想を中心としたヨガ
簡単なポーズをとることも

ラージャとは「king=王様」という意味で、別名「古典ヨガ」「瞑想ヨガ」とも言われているヨガの王道です。
調和の精神を、最もストレートに追求しているヨガ。
瞑想を中心とした、心のコントロールにより精神面を見つめていく方法で、ラージャ・ヨガを行うと、欲望や執着を手放し、世界に対して正しい認識ができるようになるといわれています。
五感、心、知力を制御して、自己を統率することを目指します。


運動量★★☆☆☆ 熟練度★★★★☆ リラックス度★★★★☆




以下、見出しのみ工事中





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